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西山誠の事故品から学ぶ
ポリ塩化ビニルの硬化
下の写真は、十数年前に起こった事故のもので、中綿入り半コートの背中側上部を撮影したものである。

肩ヨーク部分や左肩の飾りフラップ部分に合成皮革が使用されている。表示通り石油系ドライ処理を行ったところ、合皮部分が硬化してヒビ割れが発生してしまったという典型的な「ポリ塩化ビニル硬化事故」だ。原因はアパレルの誤表示である。なぜこのような誤表示に基づく事故が起こるのか、その背景については後述するが、まずこのポリ塩化ビニル(以降“PVC”と表記)について概説しておこう。
※PVC:Polyvinyl chlorideの略
●PU合皮、PVC合皮の特徴と長所・欠点
第35回でポリウレタン(以降“PU”と表記)合成皮革について解説したが、同じ合成皮革(PVCは合成皮革とは区別されることもあるが、本稿では合成皮革とする)でもPVCは少し毛色が違う。いずれも布地に合成樹脂を塗布して本革に似せた素材である。“人工皮革”という素材名もよく耳にするが、これと同じではない。合成皮革とは、「見た目を本革に似せたもの」であるのに対し、人工皮革とは「内部構造まで本革に似せたもの」と理解していただければよいだろう。多くの場合、後者の方が高級品(高コスト品)ということになる。この人工皮革については、他の機会に解説するつもりだ。
現在の合成皮革は、そのほとんどがPUタイプである。見た目も質感も明らかにPUに軍配が上がる。ただ、問題は加水分解であろう。タイプによっては、高温多湿条件で使用・保管されると、生地製造から2~3年でベタツキや剥離が起こる可能性があることは、もう我々には常識であろう。最近のものは、長持ちするようにはなってきているが、皮脂などに含まれる脂肪酸には極めて弱いので、我々にとっては頭の痛い存在である(★第35回記事参照★)。
これに対しPVCは、PUに比べると寿命が長いと言われている。そして低コストである。しかし質感や透湿性などに乏しく、硬化するという欠点があり、今回の事例の様な硬化事故が、クリーニング現場において過去多発していたことも原因のひとつであろうか、近年の衣料用素材にはあまり使用されていない。
●PVCの硬化メカニズム
PVCは本来硬いプラスチック素材である。そのままでは、柔軟性を求められる衣料用素材には向かないため、“可塑剤(フタル酸エステル系のもの等)”という薬品を使って柔らかくしている。しかし、この可塑剤は多くの有機溶剤に容易に溶解する。したがってドライ処理をすると、その可塑剤がドライ溶剤中に溶け出して抜けてしまい、元の硬いプラスチックに戻ってしまう。これが我々の現場で起こるPVCの硬化事故である。つまり、ドライ禁止の素材というわけだ。使用されている基布や他の素材との組み合わせを見極める必要があるが、多くの場合水洗いすべきものであろう。
●PVC硬化事故が起こる背景
今回の事故は、明らかにアパレルの誤表示が主な原因である。しかしながら、その背景には様々な問題が隠れている。まず、本事故品の表示を見てほしい。

そう、このアパレルは、本品に使用されている合成皮革はPUであると認識していたのである。アパレルに問い合わせると、本品はこのアパレルが企画したもので、製造は中国で行っており、現地の工場にはPU合成皮革を使用するよう発注していた(仕様書にはそう明記されていたようだ)。初期のロットは発注通りPUが使用されていたようだが、途中でこの現地工場が、発注元であるこのアパレルに無断でPVCに変更していたらしい。おそらくはPVCの方が低コストであるため、現地工場がその「利ザヤを得るためではないか」とのことであった。
これだけを素直に受け止めると、この現地工場が一方的に悪いように思えるが、アパレルが現地工場にも十分な利益があるような発注をしていたのか、あるいは現地工場がこの仕事を請けるまでの間にブローカーなどが存在していた場合、そこが相当な中間マージンの“中抜き”をしているような可能性もあり、一概に現地工場だけを責めるわけにはいかない。このような品質事故の背景には、こういった構造的な問題が潜んでいることも考慮する必要があろう。
さらに次の輸入品の事故品を見てほしい。同様にPVCの硬化事故だ。

分かりにくいかもしれないが、両袖が立つほど硬化している。本品は合成皮革ではなく、ラミネートフィルムにPVCが使用されていたケースであるが、生産国のアパレルの表示では、ドライ禁止になっている。ところが、それを輸入販売した日本の業者が「水洗い×、ドライ石油系」の表示(旧JIS表示)にしてしまっている。

おそらくは、日本のアパレル独特の“安易な過保護表示”だ。何でもかんでも「“水洗い×、ドライ石油系”表示にしておけば、クレームにならないであろう」という、悪しき慣習とも言うべき典型的な表示だ。表示の根拠を求められる新JIS表示になれば、このようなことは減るとは思っていたが、未だに実態は変わっていないことをクリーニング業界の皆さんであれば、頷いていただけるであろう。
そしてもうひとつ言うと、この海外表示、よく見れば“PVC”という文字が散見される。
取扱い絵表示が、海外と日本で逆であることに疑問を抱き、PVCについてきちんと理解していれば、この事故を防げたはずだ。我々の知識不足、注意不足も原因の一端であることは、しっかりと反省しなければならない事例である(下写真)。

●PVC硬化事故の修正
さて、事故対応についても考えてみたい。これはあくまでも私見であることを最初にご理解いただきたい。
表示通り処理しているのであるから、基本的にはアパレル責任である。特に最初の事例は、当のアパレル自身もPU合成皮革であると認識していたぐらいなので、クリーニング業者には全く責任はない。したがって、変に修正を考えずにアパレルに補償してもらうのが、消費者にとっても最もよい方法であろう。
これに対し、「修正してあげよう」と考えてしまう、たいへん親切な?クリーニング業者も少なからず存在する。お客様の大事なお召し物であることを考えると、もっともなことであるとも言える。しかし、これに使用される修正剤は、可塑剤を再添加するものであるため、その修正は一時的・応急処置的なものと理解しておく必要がある。その理由は、可塑剤やそれに使用される溶剤が揮発性を持っているためである。
以下の写真は、冒頭の事故品の現在、つまり十数年後の姿である(可塑剤による修正は行っていない)。
実際は、数年でこれに近い状態になっていたと思われるが、可塑剤が揮発して著しく収縮し、触ると硬化した破片がポロポロと脱落する。

この修正剤で処理すれば、直後は劇的に柔らかくなり、ワンシーズンくらいは着用できるかもしれない。しかしその後、徐々に可塑剤が揮発して抜けていき、再び元のパリパリに戻ってしまう。したがって、もし修正するのであれば、そのことをお客様にしっかりと説明しておきたい。
そうでなければ、後日その修正されたものが他のクリーニング店で、適切な取扱い(水洗い)をされたにもかかわらず、半年後~数年後、硬化してクレームを受ける事態となるかもしれない。やはり修正よりアパレル対応を求めたい案件である。
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