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25歳で社長に就任4年目・若手経営者

誇りを持って取り組む仕事をお客に伝える

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愛媛県松山市内にあり、来年、創業60周年を迎える老舗のふくやクリーニングを営んでいるのが㈱ふくや。社長の戒能(かいのう)駿平さんはまだ29歳の〝若手経営者〟だが、こだわり抜いた店づくりやYouTubeの配信など、一見派手に思える取り組みの裏には、年齢を感じさせないしっかりとしたクリーニング観があった。

ふくやクリーニングは、戒能さんの母方の祖父が創業したお店だが、戒能さんの両親は愛媛県議会の議員を務めるなど、同店の経営には携わっていない。戒能さんがクリーニング業を志した理由は、祖父母のことが大好きで、やっている仕事がかっこよく見えたため。小学生のころから憧れの職業だったという。

高校進学時に『卒業したら東京でクリーニングの修行をする』と決意し、2010年、19歳で豊島区にある㈲白洗舎に入社、修行を始めた。

高齢の祖父母のことを考え、3年間と期間を決めて始めた東京での生活。白洗舎については「小さいころに抱いたクリーニングに対する憧れを一切崩さず、働かせてくれた」と感謝の気持ちを述べていた。

同社の藤木拓也社長が非常にクリーニング業に対して真摯に向き合っている人物で、「3年で松山に帰るのだから、逆算して学ばないと」と、工場ではドライと水洗いを始めとしたあらゆる作業、接客では外交、そして経営まで多くのことを経験させてくれたそうだ。東京生活の最後の年、藤木社長のサポートもあり、21歳で繊維製品品質管理士(TES)の試験にも合格している。

そして2013年、ふくやクリーニングで新たなキャリアをスタート。当初は長年同店を切り盛りしてきた祖父母と、衝突することも少なくなかったが、「祖父母の仕事は丁寧でお客様想い。衝突することはあれど、お客様のことを想った仕事がしたいという方向性は一緒だった。ぶつかって固まって今のふくやになった」と戒能さん。1年後に23歳で代表になり、祖父母が退くと、その2年後、2016年に法人化。㈱ふくやを設立し、代表取締役に就任した。

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ふくやクリーニング。歩いてすぐのところに旧店舗(現在はホーム専用の工場)がある

新店舗のこだわり

昨年4月、元々の店舗から数百m離れたところに新たにユニットショップをオープンしたが、写真を見ても分かるように目を引く店舗。これにはしっかりとした戦略があって、「愛媛県という田舎で、消費者にお店を選んでもらうためには、ネットのレビューではなく、『こんなお店だったら間違いなく綺麗にしてくれる』という説得力ある店構えが必要。店が一番の宣伝になる」。

中の設計にもこだわっていて、入って正面にカウンターという一般的なクリーニング店の造りは、「圧迫感がある」として、採用せず、お客から見える場所に品物は置かない。これも、「お客さんの品物を棚の一番下から出したり、ガサガサしている所作というのは、見せないに越したことはない」と意図を説明していた。

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入って正面はカウンターではない

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お客の品物を見せないよう工夫

「ふくや仕上がり証」

そんなふくやクリーニングのモットーは、「徹底的なお客様目線」「伝えること」「わかりやすさ」の三つ。

お客の手を煩わせるタグの取り外しやポケットの掃除、ボタンの取り付け、毛玉取りといった作業は『ちょっとした気づかい』としてサービスで行う。そして、こうした自分たちの取り組みを、『ふくや仕上がり証』というカードに記入し、お客が引き取る際にスタッフが説明する。

戒能さんは「サービス業なので、100やったことが100伝わらないのは損。お客様は『綺麗になって当たり前でしょ』と思いがちだが、手間をかけ綺麗になったことを知ってほしい」という。メニューはコースを無くし、全て税込み表記。お客だけでなく「スタッフが働く上で分かりやすいように」という考えから。

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ふくや仕上がり証

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